Linuxを多種試し、メインとしてRocky LinuxとDebianを使った結果、Windows11に戻った。

現在のPCになる前はRyzen(Zen3)で組んでいた。いかんせん流用品が多く、経年劣化の懸念もあった。

軽快さと自由を求めて行った先は地獄だった

現在のPCになる前はRyzen(Zen3)で組んでいた。いかんせん流用品が多く、経年劣化の懸念もあった。 折角スペックが良かったそのPCをバラして売却、それで得たわずかな資金でHPのワークステーションを血眼で探して購入した。

そのスペックは以下の通り。

製品・各パーツ内容
製品名HP Z2 SFF Workstation G4
CPUIntel Xeon-E 2124G
RAMECC UDIMM 8GB(シングル)
SSD256GB NVMe
GPUIntel Graphics 630(RAMから1GB拝借)
HDDHGST DC310 4TB

正直、この内容はWindows11には厳しい。序盤・中盤・終盤隙だらけ。

プロセッサは頑張ってくれるが、RAMとSSDの容量が明らかにきつい。 しかも内蔵グラフィックがRAMから1GB持っていくので、実効は7GBほどしかない。

価格高騰が凄まじい中で満足の行くスペックのPCを手に入れるのは本当に難しい。

Linuxに移行しようとしたきっかけ

「Coursera」 という学習プラットフォームがある。 自分はその科目のうち、Google公式資格コースの一部を無料で手に入れた。 AI関連2つと、サイバーセキュリティと、データサイエンス。

ただ、学習をするにあたって、障壁となったものがある。 それは、Windows11とChromeの動きの緩慢さ。

そこで気づいた。このPCでWindows11は戦いづらい。

そこで敢行したのが、「Linuxへの移行」 だった。

実は昨年からLinuxは気になっていた、先代の自作PCでは、話題のZorinやMintはもちろん、Fedora(KDE Plasma/Workstation)、RHEL(無料版)、Ubuntuなど色々触っていた。

腕に覚えはある。

善は急げといわんばかりに、前から気になっていたディストリビューションのISOをダウンロードし、Ventoyに入れた。

それは、「Rocky Linux 10.1」 だった。

ZorinやMintはつまらない

2026年現在、Windowsからの移行なら、「Zorin OS」 や、「Linux Mint」 などが候補に挙がるだろう。

ただ、あれらはとにかく 「面白くない」 の一言だ。 言ってしまえば、「腑抜けた」ディストリビューションの二大巨頭。

初学者にとってはいいのかもしれない。

しかし、Linuxの「牙」を引っこ抜いて 万人向けに仕上げてしまっているので、個人的に全然魅力を感じなかった。

そんなわけで、RHEL系を積極的に選んでいた。 Debian系は後に触るが後述。

Rocky Linuxのインストールは極めて順調に進んだ。 しかし、そこからが前途多難だった。

もはやWindowsより悪質なLinuxの困った習慣

自分は動画編集ソフトとして、「DaVinci Resolve」 を愛用している。 幸いにもこれはLinuxにも対応している。

そんなわけで、インストールを試みたところ、「依存関係のパッケージが無い」 と駄々をこねられる。

Windows版の場合は、必要なものはインストーラーに入っている。Visual C++ 再頒布パッケージが今回でいう依存関係に近い。 つまり勝手に入ってくれるわけだ。

そんなわけで、指示されたものを入れたが、まだ「足りない」と言われる。 それを解決するためにリポジトリを追加し、パッケージを入れようとすると、「そんなものは無い」 と言われる。

そして、そのパッケージを探そうとするのにも難儀した。

本来は、UbuntuやFedoraなど、メジャー級のLinuxディストリビューションのパッケージには、「これ1個で依存関係が大体カバーできる」 みたいなパッケージがある。

しかし、バージョンが1個上がるとリポジトリから「消える」 のだ。

Web検索をしても、AIに聞いても、同じパッケージを入れろと言われる。

バージョンを明記しても同じ。

仕方なく、残り1個の依存関係はGitHubからクローンをしてビルド、そしてインストールが完了した。

しかし、動かない。IntelのiGPUが認識されず、動画編集ができない。 そのためのパッケージを入れようとしても、また 「そんなものは無い」 と言われる。

ドライバーやコンポーネント類を整理しようと試みる。 すると、GPU関連のコンポーネントが消えたり無効化されたりして、GUIが動かなくなる。修復手段は、Ctrl+Alt+F3でCLIに飛んで、Intel関連パッケージを入れて、再起動する。

これを繰り返して挙句、GPUは認識しなかったので、Resolveはあきらめた。

ちゃんと使うにはdGPUが必要ということだろう。

また、H.264/AACで動画を書き出すのは無料版では不可能だと後に判明した。嘘でしょ・・・

十数年ぶりに味わった「フリーズ」、そして使っていくうちに自然に不安定に

まだまだ終わらない。 何の作業だったか忘れたが、システム設定周りを少し触ったらフリーズした。

エラーメッセージもなく、ただ沈黙した。

OSを起動中に電源ボタンを長押しした経験は、Windows10やmacOSでも体感したことがなかった。実に十数年ぶりだ。

これはもうギャグとしか言いようがない。 なので今後さんざん擦り倒していくことにした。

これはかつてFedoraでも体感したことだが、使っていくうちにどんどん不安定になっていくのだ。

動作が引っかかったりフリーズしたり、エラーをことごとく吐いたりする。 この現象は、昔のメルセデス・ベンツの「自重でエアサスが壊れる」 様に似ている。

90年代のメルセデスSクラス(W140系)は、堅牢で、硬く、そして重い。 それが自らの足回りを傷めつけ、最終的に故障する。おそらく修理費はまともにディーラーに出したら4輪100万円ほどだろう。 こちらはメルセデスの車体のように金がかからないが、時間を浪費する。

他にもRHELはアプリケーションのインストール方法が提供されていないなどの不都合が生じたので、次に行くことにした。

次の選択、それはLinuxに見切りをつけた決定打

次に手を出したのは情報の多いDebian系。しかしUbuntuではない。源流の 「Debian」 だ。 実は海外の動画を情報収集に使っていたのだが、Ubuntuはsnapだか言うパッケージがとにかく厄介だと聞いていた。

そんな厄介ごとは御免こうむるので、Debian 13を選定した。

ほぼ手ぶらでインストール作業が終わったそれは、「ついにベストを見つけた」という手ごたえがあった。 しかし、DebianだRHELだArchだの前の 「根本的なもの」 に苦しめられることになった。

精神を蝕み、時間を浪費させた「Pipewire」と「Flatpak」

動画編集ソフトもさることながら、自分は音楽制作ソフトも触る。

最近はご無沙汰だが、カバー曲の歌唱やリビルド、そして今回は動画のBGMの制作のためにDAWを使うのだ。

この「音楽制作」のハードルの高さが、Linuxに見切りをつける大きな要因となった。

Pipewireネイティブは限られたソフトのみ

前説を挟むと、「Pipewire」 というのは、Windowsでいう ASIO、macOSでいうところのCoreAudioに相当する。

LinuxにはほかにもPulseAudioだのALSAだのあるが、どうも今はPipewireを推しているようだ。

正直これは、YouTubeを見たりする分には問題はなかった。

しかし、DAWとなると話が違う。

Pipewireがネイティブで動くのは商用ソフトの 「BitWig Studio」 と 「Fender Studio Pro」 くらいなのだ。 あとはPipewireで直接鳴るわけではなく、「JACK」 というものを経由して音を鳴らす仕組みだ。

Linuxに対応しているDAWの中でも、「Zrythm」 と 「REAPER」 の2つは、自分を大層苦しめた。

Zrythmはどう足掻いても音が鳴らず、MIDIキーボードも認識しない。 そこでREAPERを試してみたらさらに地獄だった。

ここで 「Flatpak」 が関係してくる。

Flatpakはさらっとしか調べないまま使っていたが、「Linuxの系統を問わず動く」 ことと、「依存関係が内包されたサンドボックス環境」 であることが利点のようだ。

後にわかったことだが、Microsoft Storeアプリが少し似ているなと思った。

自分にとっては、特に後者は弱点でしかなかったが。

REAPERは公式サイトで配布されているパッケージと、Flatpakの2種類がある。

公式サイトのパッケージでは 日本語化はされてもPipewireが動かず、

Flatpakでは 音が鳴るが日本語ファイルやフォントが適用されない。

結局動作が確認できたのは、はるかに高額だがPipewireがネイティブで動く、「BitWig Studio」 の試用版だった。

そして、少しばかり足掻いてみたが、ついにとどめを刺された出来事があった。

「自由」のために「財産」を捨てるという馬鹿らしさ

自分は 「fabfilter Pro-Q 3」 というパラメトリックイコライザを愛用している。

まだ1ドル120円台だった頃、日本代理店では3万円程度するものが、海外サイトで2万円弱で手に入る セールがあったので、そこで手に入れたものだ。

次期バージョンのPro-Q 4が出ているが、円安でアップグレードをためらっている品である。

ほかにも、「Plugin Alliance」 や、「Universal Audio」 など、様々なメーカーのプラグインで愛用している品は複数ある。

それらは普通に購入したり、無料で手に入ることもあった。UAのプラグインは大体それだ。

これらをはじめとした商用プラグインは主に、というかほぼ99%と言っていいほどWindowsかMac用に作られている。

同じ「.vst3」や「.clap」でも、使用できるOSは分けられている。 現に互換レイヤーを通じてインストールをして使用を試みたプラグインは、Windows用であることを示すアイコンが表示され、当然使用できなかった。

ここで自分ははっきりと見切りをつけた。これまでWindowsやMac上で使ってきたプラグインが軒並み使えない。つまりは、

「自由を手に入れるために私有財産を捨てろ」 という通告に他ならなかった。

「ああ、もうこれダメだわ」と感じ、MSのサイトからisoを落とし、Ventoyに入れ、Windows11に戻った。

ちなみに、Windows11のセットアップはLinuxの環境構築より爆速で終わった。プリイン削除・余計な機能のオフ・ResolveやDAW関連から開発やMarkdownエディタのインストール、ブラウザやパスマネの設定まで4時間で済んだ。

「自由」とは何なのか

さて、ここまで格闘して最後に投げ出した顛末を書いてきた。

これらを通して改めて思った。

「自由」というのは、いったい何なんだろうか。

  • 折角ライセンスを持っている商用OSを捨て、それよりも選択肢が狭まるOSを使う。

  • 商用OSで使用していたソフトやプラグインを捨て、代替品にもならない無料の品々で何とかこねくりまわす。

  • WindowsやMacではファイルを開いたり、アプリケーションフォルダにドラッグすればインストールできるものを、わざわざ依存関係を探し出し、それでも駄目ならビルドをかけ、何時間も浪費する。

  • Flatpakの権限とPipewireの仕様に振り回される。

  • 日本語環境を構築する選択肢があまりにも多く、最適解をいちいち調べて導入する。

  • 加熱式タバコのデバイスのファームアップができず、改善の恩恵にあずかれないまま使いづづける。

  • スマートフォンとの連携アプリはあるが、反応せず、連携は寸断される。

これらも選択肢のひとつだろう。

だが自分は、まっぴらごめんだ。

人々が商用OSやソフトを選ぶ理由

WindowsやMacといった商用OS。

MS Office・AutoCAD・Adobe Creative Cloud・Avid ProTools など、デファクトスタンダードとなり続けている商用ソフト。

VEGASやEDIUS、VOICEROID など、Windowsでしか動かないソフト。

ソシャゲのPC版(DMM)やマルチプレイのFPS など、アンチチートやDRMで縛られているゲーム。

これらを使い続けている人がいる。

それは仕事のためであったり、趣味であったり、やむを得ない事情だったり、背景は様々だ。

しかし、それを 「選ばされている」という言葉で一括りにするのを自分は好まない。

最近YouTubeのコメント欄でこのような言説を見かけるが、そのたびに反吐が出る。

OSやソフトウェアは元々、仕事でもない限り 「強制的に使わされる」ものではない。

じゃあ、なぜ商用OSやソフトを選ぶのか?

ある者は、何かを作り、披露するため。

ある者は、自らが抱いた野望や情熱や発想を落とし込むため。

ある者は、挑戦者の屍が積まれた高い壁に挑むため。

またある者は、誰かが紡いだ物語に思いを馳せるため。

彼らは、決してOSやソフトのベンダーに服従していない。

創作・ゲーム・仕事・新しい挑戦。 そのために、その選択肢を選んでいる。自分もまたその一人だ。

自分は今日もまた、Windows11を使う。

それはすべて、自分にとって「居心地の良い」空間で、イマジネーションを働かせ、閃きを具現化し、新しいものに挑戦するために。

結びと警鐘

安易にLinuxを勧める人たちがいる。

その誘い文句は、 「自由・無料・フリー・オープンソース」 のほかに、「追跡されない・新機能を押し付けられない・余計なことをしない」という文言が最近、追加されている。

確かにWindows11はごちゃごちゃといろいろ入っている。

ただ、それらは消してしまえばいい。

Copilotが入った余計なメモ帳やペイントの代替品はいくらでもある。

フォトもメディアプレイヤーも必要ない。IrfanViewとMPC-BEでもあればいいだろう。

OneDriveはいの一番に同期を切るか、アンインストールする。

テレメトリーや押しつけがましい通知は、トグルボタンでおおかた消える。

macOSはプリインストールアプリのほとんどが消せないが、設定がほぼ統一されていて、かゆいところにも手が届く。

対応のゲームタイトルは少ないが、創作をするならひとつの選択肢になる。

ひととおり設定して満足がいかないなら、GeminiやChatGPTにでも聞いてみて、方法を模索できる時代だ。

それすらままならないのであれば、もはやPCを捨ててスマートフォンやタブレットに移行してしまうのも一つの手だろう。 iPadやAndroidタブレットはLinuxより遥かに多目的な用途に 「安定して」 使える。

Linuxを使おうと思っている人へ

Linuxは、設計思想も、その結果も違う「別世界」のものだ。

本来はライトユーザーが気軽に使えるものではない。

いくらグラフィカル部分が多くなっても、コマンドを打ったほうが「話が早い」作りになっている。

そして、Windows・macOS・iOS・Androidで誰もが使うアプリは使えないもののほうが圧倒的に多い。

それでも使おうとするなら止めはしない。

Linuxに限らず、新しいものに触れるのに必要なのは「知識」ではない。「覚悟」と「探求心」だ。

使うことによって新しい知見が生まれることもある。これは確かだ。それはもう説明しきれないほどに。

そして、「もっと知りたい」と、動画や書籍を漁ったり、AIチャットにひたすら質問したりする。

そうして得た知見の集合体は、OSやソフトのライセンス、高価な機材などをはるかに陵駕する「資産」だ。

言ってしまえば、この記事に記したさんざんLinuxに振り回された経験も、自分の「資産」のひとつだ。

Windowsをこき下ろし、Linuxを持ち上げる人々へ

ひとつ、忠告をしておく。これは、どこの界隈でも問わず、どのカテゴリのオタクでも胸に刻まれているであろう言葉だ。

自分が使っている、気に入っているものを上げるために、他の物を下げる。

この言動は、害悪以外の何物でもない。

そして勘違いしないでいただきたいのは、この記事はネガキャンではない。自分が眼前に突き付けられた、純然たる事実だ。

「自分はLinuxデスクトップで困っていない」 と言っている方へ。

世の中には、Linuxデスクトップでは困る人のほうが大勢いるのが現実だ。

GIMPやKdenlive、Ardourではまともに仕事が出来ない人が多数だ。

中には、Webベースであっても、User-Agentを偽装したりの小手先程度は対策されているものも存在する。

自分は、今後の夢物語の実態を確かめに一歩踏み出した。

しかし、そこに広がっていたのは残酷な現実だった。

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